2006 年
8 月
9 日
靖国を問い返す映画「あんにょん・サヨナラ」
〜対立と争いよサヨナラー和解と未来よこんにちは〜
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「あんにょん」は、ハングルで「こんにちは」と「さようなら」の2つの意味があります。2005年には、歴史認識をめぐる日本の政治家の発言を契機に、半日デモが起こるなど、過去の歴史についての議論はつきません。
この映画は、日韓合同製作のドキュメンタリー映画で、戦死した父親の靖国合祀取り下げを求める韓国女性と、それを支える日本人との交流を軸に、靖国神社とはどういう神社なのかを賛成、反対、両方の考え方の多くの人のインタビューを通して明らかにしています。
私は今年2月19日、豊島区民センターで行われた自主上映会のおり、この映画を見ました。その時、この映画の主人公であり、戦死した父親が「日本の英霊」として靖国神社に合祀され精神的苦痛を受けているとして、日本政府に合祀の取り下げを求めている裁判の原告のイ・ヒジャさんのお話を聞きました。 「父親を戦争に動員し、死に追いやっておきながら、家族に補償するどころか、死亡の事実すら知らせない。それなのに侵略戦争の加害者を神とたたえる靖国神社に被害者である父を無断で合祀する。そうした日本が許せない。望まない人を合祀すべきではないでしょう。父親は、今も靖国に監禁されている。 参拝を繰り返し、合祀取り下げを拒否するのは、戦争を起こした事実を認めたくないからだろう。靖国を問い返すこの映画を1人でも多くの人に広めてほしい。」と強く話されていました。
この裁判は、東京地裁で2月15日結審し、5月25日に判決が出ましたが、イ・ヒジャさんの訴えは認められませんでした。 映画の中で、イ・ヒジャさんが父親の名前が無い墓碑の前にたたずむ姿は、60年たっても戦争が終わっていないことを象徴していて、「父の名前は、靖国合祀取り下げが実現したときに刻む。」と言う言葉に考えさせられました。長い間、行方不明だった父親が、「何で靖国に祀られているの?」というイ・ヒジャさんの気持ち。望まないのだからやめてほしいという遺族の願いに、「いったん祀った神様は、取り下げられない」とだけ繰り返す靖国神社側。なぜ、当たり前の遺族の気持ちがとうらないのかと思います。 「悲しみ」であるはずの戦死を「名誉」と感じさせて、国家の戦争責任を隠してしまう役割を、靖国神社は戦後もずっと果たし続けてきていると思います。
8月5日・6日、京都で平和問題に取り組む市民団体が集まる全国大会があり参加してきました。イラク、フランス、韓国、アメリカ、フィリピン、インドネシアなどからの参加もあり、イ・ヒジャさんの姿もありました。 この集会を通して、人々はわかりあえ、ともに平和な社会をつくっていけることを確認し、アジアの国々をはじめ、世界の国々と真の友好関係をつくることの大切さを実感してきました。できることからしっかりと行動を起こして行こうと思います。
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